「それは、いわゆるリストラというやつでしょうか?」






『マリア様にみられてたりみられてなかったり』
〜電子の妖精が女子高生!?〜
(前編)

 by 大塚りゅういち


※この作品は一応、機動戦艦ナデシコの二次創作です。
 マリア様がみてるの二次創作だと思って読むとガッカリします。
 ええ、間違いなく。




 それは、火星のあの事件から一ヶ月あまりが経過し、後始末に追われていた時だった。
「宇宙軍としても、ルリ君という人材を失うのは大きな痛手だ。 しかし、これもこの国の法律のせいなのだ。 わかってくれたまえ」
 突然、ルリは宇宙軍総司令ミスマルコウイチロウに呼ばれ、この場所に来ている。
「ルリ君、君はまだ16歳だ。 本来なら義務教育で高等学校に通わねばならない」
 総司令であるミスマルはルリの前に並べられている資料を見るよう促した。
 法律の改正。
 そこには自動車を運転している際のコミュニケ通信は、この秋から道路交通法で禁止されると書かれていた。
 自動車を運転する際にコミュニケのウインドウを見ながら運転するドライバーが増え、事故が相次いだ為とされている。
 そこには罰金やドライバーに課せられる違反点数などが詳細に書かれており、但し書きとしてサウンドオンリー(無画面通信)については除外されていた。
 もっとも違反とされないだけで、なるべく控えるようにと説明がされている。
「総司令、私は車の免許は所持していません」
 もっと巨大な戦艦を動かしているルリだったが、車の免許は18歳にならないと取得できない。
 矛盾とも思える事だが、この国の法律はどこか間抜けな物が多い。
 戦艦のオペレートや操縦などは特に年齢制限が設けられていない。
 もっとも、車の免許を取れない年齢の少女が戦艦を動かしたりは普通しないのだが。
「ルリ君。 そこじゃなくてその下のほうね」
 ミスマルコウイチロウという人は、一件しっかりしたようでどこか抜けたところがある人物だ。
 特に、自分の娘ユリカを溺愛し、彼女の事になるととたんに一人の親バカに変貌する。
 そんなミスマルは同じようにルリに対しても甘かった。
 身よりのないルリが娘ユリカとその夫テンカワアキトに引き取られ、ある意味孫のような存在となった為なのだろうか。
「下ですか……」
 ルリは、法改正の資料を下に読み進んだ。
 どうやら、法改正は自動車運転中のコミュニケ禁止の他にもいくつかあるようだ。
 ルリはその中に『義務教育についての法改正』の項目を見つけた。
「今までも、この国では高校までが義務教育とされていたが、君は特殊な職についた学童と言うことで免除されていたんだよ。 そもそもユリカ達の籍に入るまではこの国の国籍ではなかったからね」
ミスマルの言う通り、ルリがこの国の国籍を持ったのは新しい。
 アキト・ユリカの養女として迎えられた時に、この国の国籍を得たのだった。
 そもそもその辺の手続きは実にいい加減で、いかに自分が戦艦を操る意外に置いてどうでもいい人間として扱われていたのかを知り、少々腹を立てたこともあった。
 いや、人間ではなく実験動物だったのだとあの施設を思い返してルリは思った。
「今回の法改正で、いかなる事情に置いても学業に従事しなければならない年齢の児童は学校に通わせなければならなくなった。 もちろん、有事の際には軍の任務を遂行して貰うことになるけどね」
 ミスマルが話した内容はクビではなく、有事の際意外は学生でいなさいという内容だった。
「私に今更学校に通う理由はないと思いますけど」
 ルリはあの施設で実験動物として遺伝子を組み替えられ、様々な知識を通常の人間は修得しないレベルの知識まで得ている。
 世界の歴史は戦争を中心にあらゆるデータがインプットされているし、数学・計算はコンピューターと対等に勝負できるだけの能力がある。
 勿論、言語・文学・科学・音楽と世界の様々な情報を作戦行動に於けるターゲットを分析するためのデータとして持っている。
 そんなルリが、学校に通いこれ以上の知識を身につける必要は何処にあるというのだろうか?
「ルリ君……君は確かに優秀だ。 しかし、学校という場所はそれだけではないのだ。 それに、この国の国籍を得ている以上、法律は守るべきではないかね?」
 ルリには選択肢はないのだ。
 ルリはミスマルの言葉にそんな意味が含まれているように思えた。
「学費については心配しなくてもいい。 ルリ君はユリカの娘だ。 いわば私にとっては孫。 それぐらいはさせてくれないかね?」
 通う学校もすでに決められているらしい。
 先程の資料の他に、もう一つ大きな封筒が用意されていた。


『私立 リリアン女学園』

 それが、ルリの通う学園の名前だった。



 さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
 マリア様の庭に集う乙女たちが、今日も天使のような笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせぬように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。 もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。 あまつさえ、朝食を食べる時間が無くて食パンを銜えているなどもってのほかである。
 私立リリアン女学園。

 この国のかつて明治と呼ばれた時代に創立されたこの学園は、元は華族の令嬢のためにつくられたという伝統あるカトリック系お嬢様学校である。
 創立されてから数百年の歴史を経ても、何一つ変わらずその伝統を受け継がれているこの学園は、幼稚舎から大学までの一貫教育で、純粋培養のお嬢様が箱入りで出荷される貴重な学園である。
 昨今では、自分の娘に悪い虫を近寄らせたくない富豪の令嬢や、軍上層部のご息女などが通う学園として持て囃されている。


「まったく、お父様らしいね」
 ユリカはルリから呼び出しの内容を聞くと、呆れたように溜息を漏らした。
 あの事件の後、ルリは再びユリカと一緒に暮らすようになっていた。
「私を軍の任務から外したことですか?」
「ううん、ルリちゃんを通わせるって学園のこと」
 ユリカはルリに手渡された資料の中から、リリアン女学園の封筒を見せて苦笑した。
「その学園がどうかしたんですか?」
 ルリは浮かんだ疑問をそのままユリカに聞いてみた。
「実はね、ユリカもここの卒業生なの。 高等部までだけどね」
 ユリカは火星を離れてすぐ、この学園に通わさせられることになった。
「えっ……。」
「お父様、ルリちゃんのことが可愛くて可愛くて仕方がないのね。 お父様はルリちゃんを、お父様を捨ててアキトのお嫁さんになっちゃった私の代わりにでもするつもりなのかなぁ」
 父の言いつけに背き、アキトと結婚し、そして火星の後継者に誘拐され、夫のアキトは未だ行方不明。
 どれだけユリカは、父コウイチロウに心配をかけているかは、きっと自覚しているだろう。
 それでもなお、こうして娘の養女を娘の代わりにしようとしていると思えば、娘としては皮肉の一つも言いたくなるのかもしれない。
「この学園は幼稚舎から、男子禁制なの。 だから、私をお嫁にやりたくないお父様には格好の条件な学園だったってわけ。 事実、私は学園を卒業するまで男の人と恋をすることもなく過ごしたもの……」
 ユリカは父と同じ世界に進むため、大学はそっちへ進んだのだが、思春期の一番恋愛について敏感な年頃を女子校で過ごすと、いささか男性との恋愛に臆病になってしまう。 まさに、父の思惑にはまった状態だったとユリカは当時を振り返って語った。

「でも、これでアキトさんを探しに行くことが出来なくなってしまいました」
 ルリはユリカに申し訳なさそうに言った。
 ナデシコCを使い、アキトを捜す。
 あの日、「帰ってこなければ、追っかけるまで」と言った言葉を思い出す。
 ルリには追いかける術が無くなってしまった。
「そうだね……」
 高校時代の思い出話から一転して、ユリカの表情が暗く沈んだ。
 ユリカはこの前日、やはり父に呼び出され【内勤】を命じられていたばかりだったのだ。
 そして、今日ユリカの勤務地であるここ横須賀のアパートに引っ越してきた。
 いったん死亡し、軍籍を抹消されたユリカが、復職するだけだって大変だったのだと父に言い含められ、ユリカは首を縦に振るしかなかった。
 アキト探索の唯一の希望はルリだったのだ。
 これで二人にはアキトを捜す手段が無くなってしまった。
「すみません、ユリカさん……」
「いいの……ルリちゃんが悪いわけじゃないもん。 それに、まだ帰ってこないと決まったわけじゃないでしょ?」
 そういって、ユリカは「とにかく、明日の編入手続きにはちゃんとつきあうから」と言って微笑んだ。





 東京シティー武蔵野。
 都会といえる東京シティーにおいて、何故か緑が多くのこるこの街で、なおいっそうの深い森を有す一体がある。
 高い塀の向こうにそびえる木々と、時代を感じさせる石造りのレトロ調な校門。
 明治と呼ばれた時代から、そのままタイムマシンで運ばれてきたかのようなその学園はそこに存在した。
 校門の前にはキリッとした面構えの守衛が、門をくぐり抜けていく生徒達を見守っている。
 不審者の忍び込む余裕など、微塵もあり得ないように思えるこの学園は、令嬢や政治的なトラブルに巻き込まれやすい軍関係者の娘が通うには、まさに打ってつけの学園だと言われるのも肯ける。

「ごきげんよう。 山西さん」
 ユリカは守衛の一人の顔を見ると、懐かしそうに声をかけた。
「あ、ロサ……いや、今は違いましたな。 ごきげんよう、ミスマル様」
「ミスマル様はやめてよ……山西さん」
 ユリカは苦笑しながら言った。
「ユリカさん、お知り合いですか?」
「うん、私が通ってた頃から守衛をされている山西さん」
 ユリカに紹介されると守衛のその男性はぺこりと頭を下げた。
「今日は、この子ルリちゃんの編入手続きに来ました」
「そうでしたか、たまには学園の方にも顔を出してください。 シスター達も待っていますから。 それで、そちらの方は妹さまですかな?」
「いえ、娘です」
 ユリカが即答すると、山西は目を丸くして言葉を失った。
「では、手続きがありますのでごきげんよう」
 ユリカは悪戯っぽい笑顔でそう言うと、ルリの手を引いて学園の中へ進んだ。


「ちゃんと説明しなくて良かったんですか? ユリカさん……」
 あの守衛の男性はユリカとルリの関係をどう思ったのだろう。
「別にいいじゃない。 ルリちゃんがユリカの娘であることに変わりないし、説明なんて必要ないよ」
 家族で娘。
 血が繋がっているとか居ないとか、実の娘とか養女とかそんな説明なんていらない。
 ユリカにとってルリはかけがえのない娘であり、家族だからとユリカは笑った。
 そうさらっと言ってのけたユリカを見て、ルリは少しだけ心が温かくなるのを感じた。

「あ、待って」
 銀杏並木の先にある分かれ道で、ユリカはルリを呼び止めた。
 入学案内に書かれていた地図で、間違いなく高等部の校舎へはこちらであっているはずである。
「ほら、これがこの学園を見守ってくれているマリア様。 今日からルリちゃんもこの学園の生徒なんだから、ここで手を合わせないと」
 ユリカは先にマリア像の前に立つと、目をつぶって手を合わせた。
 これは、どうやらお正月に神社で行う儀式と同じような物なのだろう。
 ルリには信仰という物が存在していない。
 当然、拝むというような行為をしたことなど無いのだ。
「手を合わせて、目をつぶってルリちゃんがこうなったらいいなとか、こうなって欲しいとか思うことをマリア様にかなえてもらえるように心の中でお願いしてみて」
 多分、それがお祈りなんだろう。
 ルリは、ユリカに言われるまま「アキトさんが戻ってきて、また3人で暮らしたい」とお願いしてみた。
 当然、それがただの石像に願ってみても叶うなんて思わない。
 それは、たぶんお願いじゃなくて、いつか自分で努力してそうするって決意表明のような物なのだろう。

「それじゃ、いこう」
 ユリカは、ルリの手を引いて高等部の校舎へと向かった。



「……お姉様!?」
 編入試験を受けるために、学園長室へと向かう道すがら二人の背後から声がかかった。
「へっ?」
 ユリカが振り返ると、そこには若い女教師の姿があった。
「……お姉様ですよね!?」
 女教師は持っていた教科書や授業の道具をその場にぶちまけると、駆けよってユリカにしがみついた。
「……千恵?」
「……お姉様なんですね!? 生きていたなら、どうして教えてくださらなかったんですか!!」
 ユリカに千恵と呼ばれたその女教師は、ユリカにしがみついてボロボロと泣き出した。
 ふと、ルリの脳裏にユリカとアキトの葬儀の際に、ユリカの棺桶にしがみついて泣きじゃくっていた女性の姿が思い出された。
「ご、ごめんね……」
 ユリカにもいろいろあった。
 でも、この千恵の姿を見ていると生還してすぐ連絡を取るべきじゃなかったのかと、ユリカを責めたいと思ってしまう。
「卒業アルバム、実家だったし……千恵がこんなに私なんかのことを思っていてくれるなんて思わなかったから」
「お姉様が卒業されて、リリアンを去られて……私すごく寂しかったです。 いつもひまわりのような笑顔で山百合会を、この学園を照らしてくれていたお姉様が居なくなって、お姉様の跡を継いでロサ・ギガンティアになってからもお姉様が造り上げてくれた山百合会を守ることに必死でした。」
「私は、なんにもしてないよ。 千恵やみんなが頑張ってくれたからじゃない」
「でも……」
「……ごめんね」
 そう言って千恵をぎゅっと抱きしめるユリカは、とても綺麗に見えた。

「でも、驚いたな……千恵が先生になってるなんて」
 ひとしきり泣いて、やっと落ち着いた千恵を見つめながらユリカは笑った。
「お姉様の跡をちゃんと継がなきゃ、私の代でお姉様の造り上げた物を壊してはいけないと頑張っているうちに、私……この学園が好きなんだって気づいて」
「そっか……」
 ユリカは千恵の髪を優しく撫でた。
 撫でられた千恵の顔は穏やかで、ルリはほんの少し羨ましくそれを見ていた。

「で、姉である私にも何も言ってこないのはどういう事かしら?」
「へっ!? ぎゃっ」
 背後から現れ、ユリカの後ろを取ったかと思うと背後からしっかりと抱きすくめ、ユリカの体の自由を即座に奪う女性が現れた。
「お、お姉様!」
 ユリカが思わず飛び上がりそうな顔をして叫んだ。
 その女性は、「後でしっかり話を聞かせて貰うからね」と笑顔でユリカを黙らせた。

「あの、私のことお忘れじゃないですか……皆さん」
 一人蚊帳の外に置かれて居たルリは、指定された時間を大幅に過ぎていることで3人の間に割って入った。
「あ、そうだった……ごめんね」
「「あら、ルリちゃんじゃない」」
 二人の声がハモる。
 そう言って、姉の腕から解放されたユリカは、ルリがこの学園に通うことになったことを二人に説明した。
「あら、大変。 時間過ぎちゃってるじゃないの」
「お姉様がユリカを解放してくれないせいじゃないですか」
「あの……さっきから気になっていたんですが、ユリカさんってミスマル総司令の一人娘だったはずじゃ?」
 ルリは、先程から疑問に思っていた事を聞いてみた。
 ユリカはミスマルの一人娘で姉妹は居ないはず。
「あ、それはね……」
「あ、待ってユリカ。 それは私が自己紹介代わりに説明するわ」
 先程、ユリカにお姉様と呼ばれた女性がルリの目線に降りて話す。
 彼女の名前は白川聡美。 彼女はこの学園に存在する姉妹(スール)制度でユリカの姉だった女性なのだそうだ。
 このリリアン女学園高等部には姉妹(スール)というシステムが存在している。
 元々は、この国の義務教育という制度は中学までであり、その義務教育が終了するまでは生徒達はシスターや教師の管理下において厳しく指導される。 そして、義務教育が終了した時点で教師やシスターは学園生活を生徒の手に委ねる。 自主性を尊重するという学園側の姿勢に対して、先輩が後輩を導くことで特別厳しい校則を用いなくても、清く正しい学園生活が送れるという物である。
 それが、義務教育が高校に引きあげられた今も、伝統として残り、この学園では受け継がれている。
 その先輩と後輩の関係を姉妹(スール)と呼び、当初は広い意味で先輩後輩を呼んでいた物がいつの頃からは特別な固有の関係を表すようになったのだという。
「それで、この人が私のお姉様で白川聡美さまで、こっちが妹の田村千恵」
 ユリカはそれぞれの女性をルリに紹介してくれた。
「よろしくね」
「よろしく、私は一年生の担任だからうちのクラスになったらよろしくね」
 二人はルリに向かって笑顔で言った。
「頑張ってね」
担任になったらよろしくと言った千恵がルリの手を取っていった。
それは、自分のクラスにいらっしゃいとルリを誘っているようにも思えた。
そして、ルリはユリカに手を引かれると学園長室のドアをくぐる。
学園長に挨拶し、簡単な(ルリにとっては)編入試験を受け、面接を終えた。
 
 これから、ルリの高校生活が始まる。
 戻ってこないアキトの事を忘れるはずもない。
 でも、今は学園に通う以外に道はない。
 ルリは、ミルクホールで先程の二人と他の教師に囲まれて話をしていたユリカに試験の終了を告げると一緒に校舎を後にした。
 校門へ続く道の分かれ道、今度はきちんとマリア様の前で手を合わせる。


 晴れ渡った空の元、マリア像は少女達の祈りを受けて今日も優しく微笑んでいた。



(つづく)

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